部分均衡におけるメカニズム・デザイン

以前この記事
http://d.hatena.ne.jp/tkshhysh/20100528/1275125804
において

実務にタッチしていない理論家として(苦笑)一つ懸念を挙げるとするならば、やはり既に指摘されている通り、ある問題を、その「他」を所与として固定し、そこから切り離した上で改善しよう、という部分均衡論的アプローチにあろうか。ある問題(学校選択問題)を解決するために政策を変えた場合、各経済主体がその「他」のところで行動を変えるがゆえに(例えば居住地それ自体の変更や教育投資の変更、友達付き合いの変更)、それが今度は当該問題における彼らの価値基準それ自体を変えてしまい、政策が所期の目的を果たしえなくなる、という可能性がある。この懸念は本書でも常に念頭に置かれているし、わざわざコメントするのはフェアではないかもしれないが、読み進める上ではやはり常に念頭においておくべき事だと思われる。

と書いたが,今回Michele Lombardiと書いた論文"Implementation in Partial Equilibrium" (pdf はこちら)は,この発言の落とし前をつけようという試みである.

部分均衡メカニズムデザインにおいては,当該部門の主管者は各参加者に対して,その部門での決定対象のみについての選好順序を申告させる.例えば学校選択制であるなら,どの学校に行きたいかについての選好順序のみを申告させる.そういった選好が事実ある限りにおいては,誘引整合性条件を満たすメカニズムは,その選好が正しく申告されることを保証するものである.

そして,一般均衡モデルにおいては望むべくもない,即実装可能なメカニズムとアルゴリズムが得られるのも(典型的な成功例はオークションとマッチング),部分均衡アプローチによる問題の孤立化の故にである.

だが一般には,選好は部門間で分離可能でないのであるから,そうした部門の決定対象のみについての選好は一般には存在しない.例えば,どの学校に行きたいかはどこの住んでいるかに依存し,どこに住みたいかはどの学校に行けるか(つまり学区)に多分に依存する.あるいはまた,とある財の配分およびそれに付随する支払額が変化したならば,所得効果を通じて,あるいは直接的な補完性効果を通じて,他の財に対する支払い用意を変えるであろう.従って一般には,当該部門についての政策を変えた場合,それは他部門における各人の行動を変え,それが今度は当該部門における「選好」を変えてしまう,という一般均衡効果が考慮に入れられるべきである.

とすれば,部分均衡メカニズムデザインにおいては,当該部門の主管者は,参加者に対して,彼が部門間で分離可能な選好を持っているかのように振る舞うことを強いていることになる.

では,こうしたmisspecificationを所与の制度的制約として受け取ったならば,それは実現可能な社会的選択をいかにして制約するであろうか?そして,それによって我々は何を失うであろうか?これが当論文の課題である.

具体的には,各人は各部門の主管者にそれぞれ別々のメッセージを送り,各部門の主管者は受け取ったメッセージを部門間でやりとりできないようなメカニズムに関心を絞り,そこでのナッシュ遂行可能性を考える.

遂行のための必要条件はやや技術的になるが,

  1. Decomposability: 人々が部門間で分離可能な選好を持っている限りにおいては,各部門における決定は当該部門の決定対象についての人々の選好にのみ依存する.
  2. Maskin monotonicity: ある選好プロファイルにおいて選ばれた結果が,もし他の選好プロファイルにおいて相対的によりマシなものであるなら,後者においてもやはり選ばれる.
  3. Decomposable monotonicity: ある選好プロファイルにおいて選ばれた結果が,もし他の,部門間で分離可能な選好プロファイルにおいて,各部門において相対的によりマシなものであるなら,後者においてもやはり選ばれる.

である.

Decomposabilityが要求される限り,我々はパレート効率的な決定をあきらめねばならない.それができる唯一のルールは独裁のみである.というのも,我々は各部門において誰かを優先し誰かを後回しにせねばならないわけだが,部門内の決定に対する選好という情報だけでは,誰がどの部門においてより優先されるべきかが分からないからだ.例えば,本当はAさんが学校選択では優先されてBさんが住宅配分では優先されるべきにも関わらず,学校選択のみについての選好と住宅配分のみについての選好が知らされただけでは,逆の優先付け=「Bさんが学校選択では優先されてAさんが住宅配分では優先される」をしてしまうことを排除できないのだ.

拒否権不在の条件と,一定の選好領域条件のもとで,上記3条件は遂行のために十分であることが示される.具体的な遂行メカニズムは極めて直観的で,

  1. 人々が部門間で分離可能な選好を持っている限りにおいては,各部門においてスタンダードなナッシュ遂行メカニズムを構築し,各人にその部門の決定対象についての選好プロファイル(+タイブレーキングのための追加的メッセージ)を申告させる.
  2. 人々が部門間で分離可能な選好を持っていないときでも,各人に分離可能な選好を持っているかのように振る舞うことを求める.つまり,各人にその部門の決定対象についての選好プロファイル(+タイブレーキングのための追加的メッセージ)を,本当はそんなものが各部門について独立に存在しないとしても申告させる.

というものである.

つまりここでは,misspecificationに基づくメカニズムの運用が人々に強いる行動様式の経験的な性質=「かのように」を,メカニズムの構築にそのまま応用しているのだ.